Fはじめまして、EMIです。

よろしくお願いいたします。

やっと、ホームページを立ち上げました。

まだまだ、不慣れでうまく行きませんが、末永いお付き合いをお願いいたします。

理想としましては、かなりの情報を丁寧に載せて、

皆様のお役に少し立てればとおもっています。

 

わたしは、現在、今まで、

チャイルドバースコーディネーターという肩書きで、

お仕事させて頂いています。

 

チャイルドバースコーディネーターって、何する人?

簡単に言いますと、人間のお産んの時に、

産前教室を開催したり、

産後のお母さんと赤ちゃんのための講座や集まりを開いたり、

(このようなことは、チャイルドバースエデュケーターの仕事でもあります。もちろん、助産婦の仕事でもそうです。)

お産の時に立会いをしたり(ドゥーラーといいます。)

お産の前に、産婦さんと医療者(産科医や助産婦)の間に入って

安全で、望むお産になるようにコーディネートしたり、

お産の時にそのお産にかかわる人と産婦さんが満足行くようにコーディネートしたり、

等がおもです。

特に、この、お産のためのコーディネート,お産時のコーディネートは、

日本では、さきがけと自負しております。

 

以前から、

JPE(日本周産期環境研究所)として、活動していましたが、

本来は、リサーチをも目的としています。

徐々に、このホームページを通じて、リサーチにも力を入れて

その結果を、次の世代に反映できたらいいなーと、おもっています。

そのときは、よろしくご協力ください。

 

今年は、

新たに、助産婦さんのための、

「生理学的自然出産のための水を使ったお産介助と、産婦の自立支援」についての講座を開講します。

ロンドンのプライマルヘルスリサーチセンターの協力のもとに3回コースで予定しています。

 

ドゥーラー養成講座」も始まります。

 

次世代につながるいのちとはぐくむいのちが幸せでありますように、

支援していきたいとおもいます。

そのために、地域のなかでより深くかかわれる方と協力していきたいとおもいます。

 

 

 

管理人プロフィール


(佐藤 恵美)
20世紀3月生まれ。
某医学部付属看護学校に入学するが、当時寮の食堂から病棟が見え,なくなる方の病室がその気配でわかる都度に死の医療に対して疑問と,それに自分がどうかかわっていって良いか自信が持てず(当時は,ホスピスの概念はまだ薄く日本では浸透していなかった。)、1ヶ月で自主退学し、翌年,理系の大学に教育者目指して入学。
 コンピューターのシステムエンジニアとして某企業で従事。

友人のお産のときに「胎児は見ている」T.バーニー著を読み、この本を実際に
裏づけるお産は何だろうと思っていた。
 第1子を妊娠してから、お産について調べ始める。
ずっと、死の医療、教育、子供というのが自分の中でのテーマだったので、「子供ってなんだろう?」eとなる自分が子供になにを与え、どんな傷をつけたり、どうかかわっていけるのだろう?A考えた。
 子供の可能性と親としての自分の未熟さの中で、子供を産み育てるエゴを選択した自分に出来ることは何かと考えた中での出産として、ミシェル.オダン氏の・・o産o会う。
 当時、日本ではまだ病院や助産院などでの水中出産はどこも取り組んでおらず、軽く望んだお産は出来ると思っていた妊婦の私は驚き愕然としたものだった。
 予想とは違い、妊娠状態ということもあり、受け入れてくれる施設としての産科医、助産婦探しは困難を極め二転三転としたものだった。
 しかしながら、なぜが自分の中ではできるという確信にも似たものがありぎりぎりになってからの協力体制にもかかわらず妙な落ち着きも合った。

 1984年、初夏第1子出産。そんなわけで、日本では水中出産の第一号となった。
(この辺りの詳細は、いずれまた別の機会に何らかの形で….)

一年後、自然育児母乳育児の母とこの会として「赤ん坊広場」を、きくち、円満と運営。
奈良の産婦人科で病院としては二例目のためのコーディネート。
1987年、第2子を都内の(最初の産院はお産を取り扱わなくなったため)新たな産院にて水中出産。
 この辺りから人づてに水中出産の希望の問い合わせがあり、ワークショップを開催する。
 同時に、出産時の立会いコーディネート始まる。
1989年、第3子、またもや都内別の産院にて水中出産。
 1991年、プールを探しにイギリスへ
イギリス、アイルランド、ドイツXェーデンのアクティブバース、水中出産、等の取り組みや施設見学,交流。ミシェル.オダン氏と交流親交を深める。(その時の詳細は、ピーアンド[小学館,現在廃刊]のレポート参照)
 1992年、日本に初の水中出産用簡易組み立てのプールを導入。
       スーパーテレビ「平成のお産革命」にてとりあげられる。
       日本周産期環境研究所として活動開始。
       東京助産婦会館にて水中出産導入に向けての専門家のワーク
       ミシェル.オダン氏初召喚 専門家向け講義他
       (これ移行の詳細はミシェル.オダンプロフィール参照)
 これ以降、日本各地の病院,助産院での水中出産導入のためのコーディネート、ワークショップ、立会い指導、講演会講師多数。

 1994年、WaterBirth会議参加 イギリス
 1996年、WaterBirth会議 講師 アメリカ
 1998年、日本での海中出産コーディネート
       某オープンワールド講師
 2000年、海外での海中出産コーディネート
       WaterBirth会議 講師 アメリカ
       ハワイでのワークショップ開始

現在にいたる。

 


 

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